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和歌山地方裁判所新宮支部 昭和34年(わ)1号 判決 1960年3月29日

被告

木材業 出嶋正

主文

被告人を懲役一年に処する。

但し、この裁判確定の日から三年間、右刑の執行を猶予する。

訴訟費用の内、証人龍神米一に支給した部分を除き、その余の費用を全部被告人に負担させる。

理由

罪となるべき事実。

被告人は、昭和三一年六月頃から、新宮市新宮四九八番地において質商をしていた野中浜子と恋愛関係に陥り、同女方において同棲を始めたが、同女に対し貸金業を経営することを勧め自ら奔走して同年一一月頃同女名義で貸金業の営業許可を受けたので、その頃、同女及びその親族の所有不動産等について抵当権を設定する等して、被告人名義をもつて幸福相互銀行から金一四〇万円を借り受けたほか、同女の実父上杉定雄からも約一〇〇万円の資金を借入れ、これらの資金を運用して、野中小口金融部なる名称をもつて貸金業を開始したが、右銀行からの借入名義を被告人としたのは、金融を受けるための便宜によつたものであつて、実質上の借主は右浜子であり、営業主たる同女が主として現金、貸付証書等の保管に当り、被告人は同女と同棲しながら主として貸付、回収の衝に当つていたところ、不良貸等が重なつたため、同三二年二月頃から右営業を殆んど休業し、事業を整理するの止むなきに立至つた。而して、右不良貸金の内、同三一年一一月頃、玉置利直連帯保証の下に小西愛子に貸与した貸金残額二四万余円の弁済方法について、野中浜子と玉置利直との間に成立した調停調書正本に基ずき、同三二年九月二〇日頃、被告人が債権者野中浜子の代理人として奈良地方裁判所五条支部に行き、債務者玉置利直所有の別紙目録記載の山林七筆に対する強制競売を申し立て、同庁昭和三二年(ヌ)第一一号不動産強制競売事件として、同庁において即日強制競売開始決定を受けたので、浜子と協議の結果、右競売物件を被告人名義をもつて競落することとし、同年一一月八日開かれた右競売期日に、被告人が右物件を代金三六九、九〇〇円をもつて競落し、これが競落保証金三六、九九〇円を同道した浜子から受取つて同庁に納入した上、同月一四日、同庁において競落許可決定を受け、競落保証金を控除した競落代金残額は、競落代金支払期日に浜子から受取つて、同庁に納入するつもりでいたところ、同月下旬頃から、それまでの被告人の貸金回収についての不誠実さ等を原因として浜子の被告人に対する信頼感が著しく弱まり、これがため前記競落代金残額を浜子から提供を受ける期待を失い、又、自ら右残額を調達できる見込みもなく、延いては、競落物件を完全に自己の所有物にすることができなくなるおそれがあり、他方前記裁判所から競落残代金を支払うよう再三催告を受けるに至つたところから、ここに、浜子に察知されないように、かつ、右裁判所に対しては、同女との間が右のような気まずい状態になつていることを秘し、民事訴訟法第六九九条所定のいわゆる相殺類似の方法によつて、右残額代金大半の支払を免がれ、もつて競落物件の所有権を完全に取得してこれを騙取しようと企て、同年一二月二七、八日頃、前示裁判所に赴き、被告人と浜子が内縁関係の夫婦であると信じていた右競売事件係書記官井上多三郎を介して、右事件担当裁判官木下嘉次郎に対し、「自分と浜子は内縁関係であつて、どちらの金でも同じであるから、浜子の競売債権額を競落残代金額から差引いて、その不足額だけを納めさせてほしい。浜子が所持している競売債権証書、領収書等を直ぐ送つてくる。」等と申し向け、同書記官及び同裁判官をして、被告人と浜子が当時なお円満な内縁関係を維持しており、便宜差額納入の方法を執つても将来これについて紛争が起るおそれがないものと誤信せしめた上、同三三年一月上旬頃、司法書士林幸雄をして野中浜子作成名義の競売債権及び共益費用計算書を作成させて右井上書記官に提出させ、ついで同月一七日の代金支払ならびに配当期日に、同書記官をして、競落人たる被告人から、競落残代金全額の納入があり、競落代金全額の内、競売債権額及び共益費用合計金二九四、〇三一円を現実に支払つた旨の調書を作成するに至らせ、その実、被告人をして、競落代金三六九、九〇〇円から前示競落保証金三六、九九〇円及び浜子の受領すべき右金二九四、〇三一円を控除した残額三八、八七九円のみを現実に納入させ、浜子に対してはなんらの支払をしないで、もつて被告人から競落残代金の納入がなされたもののように、違法な取扱いをなさしめた上、その頃、同裁判所裁判官をして、奈良地方法務局十津川出張所に対し、競落物件につき前示競落許可決定を原因とし、所有権取得者を被告人とする所有権移転登記の嘱託をなさしめ、同月一八日、これが所有権移転登記を受けもつて右競落物件を騙取したものである。

証拠の標目。(省略)

法令の適用。

判示事実につき、刑法第二四六条第一項。

執行猶予につき、同法第二五条第一項第一項。

訴訟費用の負担につき、刑事訴訟法第一八一条第一項本文。

昭和三五年三月二九日

和歌山地方裁判所新宮支部

裁判官 下出義明

目録(省略)

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